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〈小説「新・人間革命」〉 誓願 八十五 2018年7月5日



 法悟空 内田健一郎 画 (6415)

 沖縄研修道場の開設にあたって、当初、ミサイルの発射台は、撤去する予定であった。それを聞くと、山本伸一は提案した。
 「人類が愚かな戦争に明け暮れていた歴史の証拠として残してはどうだろうか。そして、この研修道場を世界の平和の象徴にしていこう!」
 研修道場は整備され、発射台の上には、未来をめざす六体の青年像が設置され、恒久平和を決意し合う「世界平和の碑」となった。道場内には、ヒカンザクラやブーゲンビレア、ハイビスカスをはじめ、百種類を超える花や草木が咲き競う。かつてのメースB基地は、今や、多くの友が集い、広宣流布を、世界の平和を誓い合う地へと蘇ったのだ。
 日蓮大聖人は、「浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり」(御書三八四ページ)と仰せである。もともと土に隔てがあるわけではなく、そこに住む人間の心、一念のいかんで、自分の住む場所を、最高の環境に変えていくことができるとの御断言である。言い換えれば、一切の主体者である人間自身の生命の変革があってこそ、平和で豊かな社会環境を築いていくことが可能になるのである。
 大聖人の御生涯は、「立正安国」の実践に貫かれている。「立正」(正を立てる)とは、広宣流布することによって、人びとの胸中に仏法という生命尊厳や慈悲の哲理を打ち立てることを意味する。そして、「安国」(国を安んずる)とは、立正の帰結として、社会の繁栄と恒久平和が実現されることをいう。
 ゆえに、立正すなわち広宣流布という仏法者の宗教的使命は、安国という社会的使命の行動へと必然的に連動していくのである。
 立正なくして、真実の安国はない。安国なくして立正の実践の完結もない。
 われらは、誇らかに胸を張り、現実の大地をしっかと踏みしめ、一人、また一人と、対話の渦を起こし、平和をめざして、漸進的に立正安国の前進を続ける。そこに、真実の“民衆勝利”の道がある。

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