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〈小説「新・人間革命」〉 誓願 八十七 2018年7月7日



 法悟空 内田健一郎 画 (6417)

 山本伸一は、広布に走った。
 “権威主義、教条主義の宗門の鉄鎖から解き放たれた今こそ、世界広宣流布の壮大にして盤石な礎を築かねばならない。時が来たのだ! 新時代の希望の朝が訪れたのだ!”
 彼は、西暦二〇〇〇年、つまり二十世紀中に、その布石を終えるため、力の限り、世界を駆け巡ろうと心に決めていた。二十一世紀の開幕の年、伸一は七十三歳となる。そして、八十歳までには、世界広布の基盤を完成させたいと考えていたのである。
 一九九二年(平成四年)六月上旬から七月上旬にかけては、ドイツをはじめ、欧州三カ国とエジプト、トルコを訪問した。ドイツのフランクフルトでは、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリアなど、中欧、東欧、ロシアの十三カ国の代表メンバーが集い、歴史的な合同会議が行われた。
 伸一は、戸田城聖が東欧・ロシアの民衆のことを深く思い、特に五六年(昭和三十一年)の「ハンガリー動乱」の時には、「実にかわいそうでたまらない。かの民衆は、どれほど苦しんでいるか」と、強く心を痛めていたことなどを紹介し、集った同志を励ました。
 「こうした悲劇を転換しゆくために、戸田先生は、私ども青年に“確固たる生命哲学を打ち立てよ!”“人間主義の行動で世界を結べ!”と呼びかけられた。私は、そうした先生の構想を、一つ、また一つと、実現してきました。今や、先生が憂慮しておられたハンガリーをはじめ、東欧・ロシアの天地に、このように地涌の菩薩が誕生した!」
 どの国も、日蓮仏法を待望していたのだ。
 伸一は、十月には第八次訪中を果たした。この訪問では、中国社会科学院から同院初となる名誉研究教授の称号が贈られた。
 その折、彼は、「二十一世紀と東アジア文明」と題して講演。東アジアに共通する精神性を特徴づけている「共生のエートス(道徳的気風)」について論及し、世界は、人間と人間、また人間と自然が「共生」していく思潮を必要としていると、強く訴えた。

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