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〈信仰体験 スマイル 自分らしく〉 私の悩み・・・ 夫の適応障がい 2018年7月10日


勇気の出勤「パパ頑張るね」
抱っこしてる次女の結梨(ゆり)ちゃんは、明日で10カ月。4人の子育ては大変。だけど、かわいい寝顔を見るたび、頑張ろうって思える。みんな、学会の会館が大好きで、はしゃぐ姿が危なっかしいけど、後継の道を真っすぐに、歩んでいってほしい
抱っこしてる次女の結梨(ゆり)ちゃんは、明日で10カ月。4人の子育ては大変。だけど、かわいい寝顔を見るたび、頑張ろうって思える。みんな、学会の会館が大好きで、はしゃぐ姿が危なっかしいけど、後継の道を真っすぐに、歩んでいってほしい

 最も身近な精神疾患といわれる「適応障がい」。老若男女、誰の身にも起こりうる。環境になじめず、不安が増し、意欲や自信を失い、不登校や出社困難、アルコールやゲームなどへの依存を引き起こす。厚生労働省は、うつ病など重篤な病気の前段階である可能性もあると分析する。重要な対処として、精神科医の岡田尊司氏は「なんでも話せる、自分の弱い面や未熟な面もみせても大丈夫な関係が大事」(『ストレスと適応障害』幻冬舎)と述べる。福岡県豊前市の宮本幸恵さん(34)=宇島支部、白ゆり長=は、4人の子を育てるお母さん。夫・芳一さん(33)=男子部本部長=の適応障がい、失業の苦境を乗り越えた。

あんたは大金持ちになる

 私は看護師をしてた。おじいちゃん、おばあちゃんが大好きで、老人ホームで働いてた。
 90歳のおばあちゃんが、私の手相を見たいって言うから、右手を差し出すと「はあー、こんなすごいんは初めてやなあ。あんたは大金持ちの手相をしとるねー」って。うれしくって、手を見てたら、おばあちゃんが他のスタッフにも、おんなじこと言ってた(笑い)。そんな愛らしさが、かわいくて、大好き。
 私は小さい頃、人なつっこい子だったけど、思春期で人間関係に悩んで、素の自分を出せなくなった。だから、おじいちゃん、おばあちゃんと話してると、ほっとした。
 自信がなかった時、婦人部の先輩が「さっちゃんは気立てがいいね」「私の娘にしたいなあ」って、声を掛け続けてくれた。少しずつ心を開くことができて、今は保育園の保護者会会長として、忙しく動いてる。

テレビゲームに閉じこもる

 夫は地道にコツコツ努力する人。今は、毎日のように、男子部の部員さんに会いに行ってる。ちっちゃい手帳に、ちっちゃい字で、部員さんの近況や悩みを書いて祈ってる。
 けれど7年前、夫から笑顔が消えた。芳人(7)=長男、小学1年=が生まれた頃のこと。当時、夫は職場で4店舗のマネジャーをしていた。早朝から深夜までの勤務。休日にも呼び出されて、厳しいノルマを課せられ、上司のパワハラもひどかった。
 夫は家で、話さなくなった。私にも「はい」と「すみません」しか言わない。生まれたばかりの芳人にも無関心。取り付かれたように、テレビゲームをしていた。
 でも、私も初めての育児で、夫を心配する余裕がなくて……。何もしない夫にイライラした時もあった。
 「少しは家事を手伝ってよ!」。夫を呼ぶと、私の後ろで幽霊のように立っている。弱々しい夫を見るのが嫌で、「信心してるのに、何でそんなに心が弱いんよ!?」って、言ってしまったこともあった。
 ある日の深夜、夫が肩を落として帰宅した。ささいな不手際を上司に指摘されて、「明朝の出社までに、始末書50枚書いてこい!」って、怒鳴られたという。夫はこの頃から、「僕は死んだ方がいいね」と、口にするようになっていった。
 毎朝、出勤前にトイレで、おうとしてた。食欲はなくなり、目もうつろで、体重も激減した。
 夫を連れて病院へ。診断は「適応障がい」。ぼうぜんとする私たちに、医師は言った。「仕事などが合わず、ストレスがたまり、生活にまで支障をきたす心の病気です」と。
 夫は原因が分かって少し安心してたけど、病気になったのは、自分が弱いからだと落ち込んでもいた。

まず祈ること。夫の無事を

 私も、自分を責めた。私が優しい言葉を掛けてあげてなかったから、夫が病気になったんだと。看護師だった私が、夫の病気に気付けなかったことも、ショックだった。
 夫は仕事を辞めた。家計は追い詰められ、育休中の看護師の手当てや貯金を切り崩して暮らした。
 夫は「職場の人が僕を探しに来るかもしれない」って、家で暮らすことも怖くなって……。実家に身を寄せた日もあった。無反応な夫と一緒にいるのがつらくて、車で近くの公園へ。駐車場の隅で、すやすや眠る息子を見ながら泣いてた。
 車の中で聴いた『香峯子抄』の朗読CD。池田先生の奥さまの「私にできることは、まず祈ることです。主人の無事と、仕事が大成功で展開していくように、ということです。このことは、生涯、変わらないと思います」との言葉に、はっとした。
 私には御本尊がある。夫を支え、子どもたちを守れるように、もっともっと、強いお母さんになりたい。真剣に題目をあげた。
 今こそ、折伏して宿命転換しようと決め、2カ月間で、3人の友達に弘教を実らせることができた。
 引きこもっていた夫のもとに、当時の男子部本部長が、足繁く訪ねて来てくださった。「調子はどう? 顔を見に来たよ」って。夫は最初、冷めた目をしてた。でも、本部長が親身に心配してくれ、何度も通い続けてくれる姿に、信頼を寄せるようになっていった。「一緒に家庭訪問に行こう」って声を掛けてもらって、夫も、少しずつ、男子部の活動に加わるようになった。
 ありのままの夫を受け入れ、必要としてくださった。だからこそ、夫は学会の中に、自分の居場所を見つけられたんだと思う。

夫が見つけた輝ける居場所

 「大変な時は、無理をしないで。何でも相談してね」。男子部の先輩の励ましに、夫は自分の言葉で素直な思いを話せるようになった。
 1年半の間、定職に就けなかったけど、夫婦で「学会活動も思う存分できる職場に」と祈り続け、契約社員として製造業に再就職できた。
 朝早くに出勤する夫。育児で疲れる私を起こさないように、そっと玄関を出て行った日もあった。テーブルに〈パパ頑張ってくるね〉って、メモがあって。心がジーンとした。
 「地道にコツコツ」の夫らしさも戻ってきて、職場でも信頼されるようになっていった。再就職から6年目の今春、正社員になれて、基本給もかつての職場の倍に増えた。
 夫は今、男子部の本部長をしてる。「一番苦しかった時、支えてくれた人の恩は絶対に忘れない」って、芳人や直樹(5)=次男=を連れて、家庭訪問に汗を流してる。皆さんに支えていただいた分、今度は夫が、誰かの居場所をつくれたらいいな。
 家では、愛花(2)=長女=が元気よく鈴をたたいて、大きな声で題目をあげている。その姿が、かわいくて、ほほ笑ましい。私たちが頑張る背中を見て、子どもたちも学会の庭で育ってくれている。
 『香峯子抄』に、「妻の笑顔がなくては、安穏のオアシスは考えられません」と、池田先生の言葉が記されていた。これから、どんなことがあっても、笑顔を絶やさず、一家和楽を築いていく。夫と学会活動に励んで、地域に恩返ししていこう。 

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